About islam

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私の苦闘:イスラム学習


礼拝


イスラムになってすぐ、やらねばならんとインドネシアの彼に言われたことが、礼拝。私も、彼が礼拝をしている姿っていうのが初めてみた「イスラム」だったので、礼拝はイスラムになって一番やりたいことでもありました。

しか〜し礼拝といっても、ややこしい。とりあえず礼拝用カーペットや、すっぽり体を包む礼拝服を準備してくれたのはいいんですが、一体全体どうやって礼拝するのか?彼がざっと説明をしてくれたのですが、聞いているうちに頭痛・・。

ついていけない脳みそにもがく私を見て、彼は、一つずつやろう・・とイスラム学習が始まりました。

暗記


まず最初に彼が適用したことは、礼拝時に唱えるアル・ファティハを覚えること。これは、クルアーンの開扉章でもあり、何度も何度も礼拝するたびに唱えるもので、これを覚えないとどーしようもない。覚えるって暗記?そうなんです。丸暗記。こりゃ大変だ、とわたわたしている私に、仕事に行くから車に乗れやと彼が言う。へ?車?仕事?

よくわからないでいる私に、その頃彼がバイトしていた、動物病院のサンプル集めみたいな仕事に連れて行かれました。その仕事はルートが決まっていて、4時間くらいのドライブでいろんな病院を回るのだけれども、そこについていっている間に、アル・ファティハを一節ずつ、俺が言うのを真似して覚えろ、ということらしいんです。

4時間も逃げる場所がなく(笑)、退屈な車の中ということで、否応なしの暗記が始まりました。

彼「ビスミッラーヒロッフマーン・ニーロッヒーム」
私「??ビス・・ビスミ・・??」
彼「ビスミッラーヒロッフマーン・ニーロッヒーム」
私「ビスミッ二ー??あれ?」
彼「ビスミッラー」
私「おーおービスミッラー・・」

なんていう風に少しずつ少しずつ暗記。マニュアル運転を教えてくれたときの怖かった彼(笑)とは打って変わって、この時の彼はなぜか仏のようでした・・(ありがたや〜)その甲斐あって4時間で暗記に成功。その次のバイトの日にはアン・ナース、そしてアル・イクラを暗記。

暗記をしているうちに分かったのが、これは詩のようなもので、同じ単語が最後に来ていたりして、ちょっとした統一感があったのです。もちろん何度も忘れるので、一度覚えた後は、確実に脳にこびりつくように、何度も彼の前で暗誦し、2,3週間で忘れないようになりました。

そんな訳で、この三つを覚えれば、とりあえずは礼拝の半分はできると、密室暗記作戦、成功。

礼拝時の動作


その後、インドネシア語で書かれた礼拝の仕方という小冊子を、友達からもらった英語の礼拝ガイドみたいのと比べながらお勉強。絵つきで、あれやこれや書いてある。アル・ファティハも載ってました。

しかし、なんだか礼拝中、動く度になにやら言わなければならないらしい。また暗記・・??そうなんです。例の、両手を耳にかざして言う、「アッラーフ・アクバル」の他にも、「サミアッラーフリマンハミダ」とか「スブハンナなんたらかんたら」というのも覚えるんです。その後も、礼拝終了直前にある長〜い文章が待っていて、それを暗記する気がおきるまで、1,2週間・・。

それじゃ〜暗記は後にして、先に礼拝の動作を覚えようと、絵をいろいろ見てみると、それもややこしい。ラカ(ラクア)とかいう動作の単位があり、1ラカするにしても、手の組み方から両手を耳にかざす位置まで、とにかく細かい。頭を地につけるときは、目をつぶっちゃーいけないんだよ、とか、座るときは足の親指は立てるのよ、とか、これでもか、これでもかという程に、うるさい。

ほとんどあきらめの境地に達していた私は、彼にぐちをもらす。彼曰く、「頭で考えないで、とりあえずやってみろ」と。そうか、実行あるのみ。と、とりあえずやってみました。すると、アッラーのおぼしめしか、瞬く間にすんなりと・・・・な〜んて、いきっこないっす。

ぎこちない動作をしてる私を見て、横でにやける彼・・ちくしょー・・・。彼や他のインドネシアン、マレーシアンが礼拝してるのを見ると、すごく様になってて、ほーっとため息ついちゃうんですが、やっぱりボーン・ムスリム(マ)じゃない私の定め。板についてないってこのことなのね・・とちょっとがっくり。今でもコンプレックスあります。

ウドゥ


次はウドゥという体を清める行為。礼拝は神アッラーと直接対峙なので、清い体で行うという意味で、礼拝の前に必ずしなければならないもの。水を使って口をすすぎ、鼻をすすぎ、顔を洗って耳を洗って・・・と彼が教えてくれましたが、次に自分でやる時には忘れてるだろうな〜と思いつつ見よう見まねで実行。

終わった後に彼の肩に触れそうになって、彼が飛びのく。??私が驚くと、ウドゥの後に異性に触れてはいかんとな。親、兄弟はいいとしても、異性に触れた後はまたウドゥをし直さなければならないと言うのです。どうりでいつも私を避けるようにして礼拝しに行っていた・・と納得。

そのほかに、おならしたとか、大便したとか、血が出たとかすると、ウドゥをし直さなければいけません。また、性交があった場合は、シャワーを浴びて全身のウドゥをせねばならない、といろいろ規約があります。

礼拝実践


一緒に礼拝するということで、彼が前方に、私が彼の後方へ、お互いの角をくっつけるようにカーペットを少しずらしてつなげます。礼拝用の服は、ゴムの入った真っ白で長いスカートを履き、その上に、同じく真っ白な顔だけでるスカーフをかぶります。それは、ひざあたりまで長く、手もかくれちゃうくらいの大きさで、顔だけ出た白おばけ(笑)状態。(失礼・・)

いよいよ実践!と意気込む私に、彼が、「アッラーフアクバル、アッラーフアクバル、アシュハドアッラー・イッラーハイッロッロー・・・」あれあれ、知らないよそんなの。そう、コマと言われる、合同礼拝の前の節。いきなり抜き打ちかいな・・。

そうこうしている内に、礼拝始めちゃう彼。ちらちら上目にみながら、真似する。合同礼拝では、アル・ファティハをリーダーが暗誦した後、残りのものは最後に「アーミーン」と言うので、「アーミーン」・・・そしてアル・ファティハを残りのものが心の中で唱え、リーダーはその分待つ。暗記したばっかりなので、私のが終わらないうちに彼はもう次のアヤを唱えだす・・。

わらわらしてるうちに彼は中腰に。私も中腰になって、あ〜なんて言うんだっけ・・・と思ってるうちに、もう彼は「アッラーフアクバル」と、ひざまづいている・・ わーん・・泣きたい気持ちをこらえて、懸命についていく。アッラーに対峙するというよりも、記憶力との戦い。立ったり座ったりしながら、最後の長い章をすっかり忘れて呆然としている私の前で、「アッサラーム・アライクム・・・」と、彼が顔を左右に向けて終わりのポーズ。・・・終わっちゃった・・。

最初はこんな感じで、がっくりモード。大丈夫かこれからよ〜・・と心配してたんですが、イスラム入信したての方、それがなんと、大丈夫なんです。何度も何度もやっているうちに、体が覚え、唱えることも、動作に刺激されて記憶する・・という感じで、繰り返せば繰り返すほど確かになってきます。今は、しばらく礼拝しなくても(しなきゃ駄目なんだけどさ)一度ポーズ取ると、サーッと記憶が蘇ってきて、問題なくなります。用は繰り返しなんですね・・。だから一日5回も礼拝してれば、記憶は完璧。といっても、5回なんて多すぎっ・・。

一日5回の礼拝


5回の礼拝の中で、私にとって一番大変なのが朝方の礼拝。日が昇る前にする礼拝ということで、眠たい目をこすりながら礼拝のために起きねばならない。この時間の礼拝が、一番いい得点がもらえ、代用は利かない。そこまで言うなら・・と頑張っても、やっぱり起きられん。私を許して・・

また、日中の礼拝といっても、ウドゥをすると化粧が落ちる・・(笑)女の問題ですね・・一度これを友達にぐちったら、「もう一度化粧しなおせばいいだろ〜」と一言・・しまいに、「もう彼氏がいるんだから、気にしなくていいじゃん」・・いやーそういっても周りの目が・・。

結局私が礼拝するのは決まって夜。風呂上りとか、夜寝る前とかは、心も落ち着いていて、まっすぐアッラーと向き合えます。埋め合わせとしての礼拝(出来なかった分の礼拝をこの時に合わせて出来る)もたまに盛り込みますが、本当は、出来たのにやらなかった・・というのは、大きな罪でもあります。大きな罪でも、やっぱり忘れちゃったり、乗り気じゃなかったり、人が居たり、あれやこれや理由をつけて5回の礼拝は簡単ではない・・と締めくくる。

そんなときに、ある本を読みました。題名とかは忘れちゃったんですが、エジプトの、コプトとイスラムについてで、その筆者が、最後のほうにぽつっと言うんです。礼拝というものは、日常の慌しさの中で、ふと何もかも忘れて神に没頭できる、人間への休息なのではないか・・と。おーなるほど、そういう考え方もあったのか・・と。そして、インドネシアの友達がこう言っていたのを思い出しました。「イスラムの教えが難しいのではない。その教えを人間が難しくさせるのだ。」

そこに共感した私は、以降毎日5回の礼拝をし・・と簡単にはいきません。というか、たぶん単純に、本当にシンプルに5回礼拝しちゃえばいいんだと思います。でも、その簡単なことがことごとく難しい。う〜ん深いっ。いつか、いつかと思いつつ最後の審判が来ちゃって、お前は全然礼拝しとらんかったって叱られるんでしょうね〜・・。

断食


断食は、イスラムの大イベント。断食と言えば、何も食べずに黙々とお経を唱えて悟りを開く・・という印象があったんで(思いっきり仏経)、断食してるんだよ〜って言われた時は、30日も何も食べんで死なんのか??と不思議に思ったんですが、日没後は食べ放題という。なんだ、それなら出来るかな・・と、ムスリマになる前に一度お試し期間として、挑戦。

ちょろいと思っていたんですが、なんのなんの。のどは渇く、口臭が気になる、日課の朝のコーヒーが恋しい・・。留学中だったので、3度の食事なんてしてなく、コーヒーで夕食までもったこと(!)もしょっちゅうだったのに、断食してる〜となると、妙にきちんと3度の飯が食べたくなる・・というジレンマに苦しみました・・。

日が降りて来ると、時計を何度も何度もチェックしながら、断食が明けるのをいらいらして待っちゃって、気が散ってしょうがない。明けたら明けたで、フラフラしながらべーグル買うと、今度はあまりに空腹で胃が受け付けない・・。断食なんて2度とするもんかーと2日くらいであきらめました。

その頃はムスリマじゃなかったんでいいんですが、ムスリマになった後はそんなこと言ってられなく、断食が近づくとちょっぴり憂鬱・・。ムスリマ一年生の年は、断食についての知識もちょっと増えて、実は食べるのを我慢することの他に、怒ったり、文句を言ったりするのも厳禁。

断食という過酷な状況で、いらいらするなんて自然なもの・・それもできないなんて、なんてこった・・。結局日程全部の断食は、2,3年できませんでした。断食の後に、出来なかった日にちを、次のラマダーン月までに断食すればOKなのですが、それもしなかった私(おろろ)。彼を含む周りのムスリムたちは、平気な顔で断食していてるんですよ〜。

秘訣はというと、日が昇る前に起きてきて食べること。インドネシアでは、お母ーさんが鍋を叩いて「食え〜」と家族を起こすというから、すでに文化と化しているのか、インドネシア夫婦のルームメイトがいた時には、夜中に黙々と奥さんが料理する光景を見ました。

私は、夜3時や4時におきて、食べてまた寝る・・というのが不健康な気がしてやらなかったら、次の日にぐるぐる鳴るお腹を抱えて、食っときゃよかった・・って後悔。その後、少しでもいいから水とかスナックを入れて寝ると、空腹の度合いは変わらないけれど、明け方に食べたから・・と気持ちに余裕が出来ました。

30日の断食が終わったあとは、みんなで盛大にパーティー。私は、毎年地域のインドネシア人が主催するパーティーにいくのですが、断食をやり終えた達成感があると嬉しいもんです(断食してなかった時は自責の念でツライ)。去年、ニューヨークの在米インドネシア大使館の職員が開いたパーティーは、庭にテントを張りめぐらして、わいわいやってました。インドネシアでのレバランなんかも、爆竹とかですごい騒ぎだとか。いつか見てみたいな〜。

 
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